徒然エッセイ 第14話 「セレブ出産」を断った強い?女性
先々月号(本誌二〇一八年五月号)で、「超高齢女流大御所作家」を、先月号(六月号)では「すごいぞ!大阪のおばちゃんパワー」と、女性たちの強い生き様を伝えた。すると、こんな話が飛び込んできた。
<妊娠8か月で東京出張>
広島のOLのNさん(三七)。三歳の男の子の母である。夫は自動車メーカーのマツダに勤めていて共働き夫婦。Nさんには二人目の子がお腹にいて妊娠八か月。ところが東京への出張予定が控えていた。
「その体で出張は大丈夫かい」と気遣う上司。
「二回目で、私、大体のことはわかってますから大丈夫です。予定日までまだ十週もあるし、出張、行きます。行かせて下さいよ」。
そして東京へ。当日、予定されていた仕事は夕方には無事終わり、早めにホテルのベッドで横になっていた。ただ、数日前からカゼ気味だった。咳をすると腹に圧がかかり、「子宮の口から何かちょろッと漏れ出した感じ」がした。
お腹の張りも陣痛もなく、「破水じゃないね」と自分では思いながらも、広島のかかりつけの産婦人科に電話をかけた。「明日、そちらに帰るんで診てくださいます?」。
様子を聞いた医者は「破水だとまずい。すぐに近くの病院へ行きなさいッ」。
<タクシーから救急車に乗り換えて>
そこでNさん、ホテルからタクシーに乗り、近くの慈恵医大(港区)に。
ところが「万一、この段階で生まれると未熟児になり、NICU(新生児集中治療室)でのケアが必要となる。ただ、今晩はNICUがいっぱいで、対応できない」と病院が救急車を手配してくれた。
そして救急車が到着し、救急隊員が無線でNICU対応の病院を探したら、聖路加国際病院(中央区)が受け入れOKとわかり、そちらへ向かった。
Nさん、救急車は初体験だった。サイレンを響かせ、赤色灯が回り、赤信号の交差点も通り過ぎるスリルを感じて、身を固くしながら「重病でもないのに、救急車なんて申し訳ないわ」と盛んに恐縮していた。救急隊員は「こういう時は仕方ないですよ。遠慮することないんですよ」と慰めてくれた。
まもなく病院に着くという時、病院から救急車の携帯に電話が入った。「ご本人を」とのことで、電話は救急隊員からNさんに。
<120万円ですが、よろしゅうございますか>
「あのォ。うちで出産されるとなりますと費用は百二十万円ほどかかりますが・・・。入院費用も一日三万円ですが、よろしゅうございますか・・・・」。
地元の産婦人科では「出産で五十万円、入院は個室利用でも一日一万円」と聞いていたNさん。セレブ待遇にビックリ仰天。
頭を抱え、すぐ返事ができず、「どうしましょう」と救急隊員の顔を見つめた。
隊員はNさんに気を遣ったのか「それほど切迫状態でもないので、ほかの病院を探しましょうか」。
本人は「そ、そ、そうしましょう。お願いします」。
「あそこは大変有名な病院で、サービスも最高です。でも、さすがに百二十万円は高いと感じれれるのも分かります」と隊員も話を合わせてくれ、庶民感覚の一致で苦笑い。
結局、救急隊員の手際よい探索で東京医科歯科大病院(文京区)が受け入れOKとわかり、一泊の検査入院となった。
「羊水も保たれ、お腹の赤ちゃんの心音も安定している」との診断で、翌日にはマツダに勤める夫も広島から駆けつけ、二人は新幹線で自宅に帰った。
コトの顛末を聞き、診察したかりつけ医はNさんに厳しく注意した。
「妊娠8か月ともなれば、破水はいつ起こるかわかりませんよ。出張や旅行で遠方に出かけることは一切ダメとは言いませんが、行先での緊急時には、その街で出産する覚悟がないと・・・」。
Nさん、「すみません」と何度も何度もかかりつけ医に頭を下げた。
<私は普通のOL,セレブじゃないもん!!>
ところが会社に戻ると、同僚たちの心配をよそに、自分の楽天家ぶりを棚に上げて、「ね、ね、百二十万円はやっぱり高いと思うでしょう。ね。でしょうッ」。
「あなたは生まれてくる子と百二十万円を天秤にかけたことになるよ」と、口の悪い上司が冷やかすと、「違いますッ。普通だと半分以下の五十万円で出産できるのですッ。救急車の中では一瞬、迷ったけど、やっぱり私、普通のOLです。セレブじゃないもん」。
Nさん、その後、産休に入り、五月末が予定日。このコラムが読者に届くころには二人目の男の子の母親になっていることだろう。
このエピソードについてNさん、「コラムは私の実名で書いてくださってもいいわ」とケロッと話した。前二号の女性たちのようにシェークスピアをもじれば「強き者、汝の名は女なのか」とも思う。ただ、「百二十万円が高いかどうか」という問題より、Nさんの楽天家ぶり、無謀さが浮き彫りになると迷惑をかけるのでこのコラムでは「Nさん」とイニシャルにした。
(自由待夢)
リベラルタイム2018年7月号

