徒然エッセイ18話 PPKは本人はよくても遺族が困る?
定期的に勉強会に顔を出している。勉強会と言っても簡単な昼食の後、講師の「卓話」を聞き、少し質疑応答をするだけの会。その日のタイトルは「終活の薦め・・亡くなる前に」だった。講師は「ファイナンシャルプランナー」という肩書の中年女性Tさんだった。
Tさんは勉強会の顔ぶれを眺め、「本日はご高齢の方が多いようですね。だからこのテーマで、私が講師に選ばれたのかしら」と切り出しながら、ズバッと本論に入った。
<PPK願望>
「皆さんはよく『死ぬ時は苦しむことなくコロッとあの世に行きたいものだね』とおっしゃいます。いわゆる元気でピンピンとしていて、ある日コロリと亡くなるPPK願望です。本人には一番望ましい形の死に方でしょう。ただ、家族にしてみれば、昨日まで元気だった人が急に亡くなるのは実は大変困ることなんです」。
Tさんによれば、PPKの場合、遺族がまず直面するのは、葬儀をどうするか。普通のお通夜、告別式にするか、近年、はやりの家族葬にするか。葬儀場をどこにするか、祭壇をどのクラスにするか。誰に連絡すればよいのかなど様々なことを決めなければならない。心の準備ができていないので困惑の連続だという。
「遺影」の写真をどれにするかで、家族の中で「これがよい」「いや、こちらが思い出がこもっている」となかなか決まらないことも。万事、葬祭業者に急かされて、
とても故人の死を偲んでいる時間はないことに。
<喪主は誰に?>
Tさんはこんなトラブル例を挙げた。
「長男が都会に出てサラリーマン、二男が地方の実家で親の仕事を継いでいるパターンです。急な連絡を受けて駆け付けた長男は『簡素に家族葬にしようか』。しかし、二男が『いや、そうはいかない。こちらでは地元なりのしきたりがあり、自分の仕事
の関係上もきちんと葬式を出さないとまずい。世間体だってあるんだ』と主張して、親の葬式を巡ってなかなか折り合いがつかない。結局、二男が喪主となり、葬儀全般を取り仕切ったケースまでありました」。
これらが葬儀後もしこりとして残り、「相続」が「争続」に発展することも珍しくないという。
<NNNのケースは?>
Tさんはもう一つの例に話を移した。親が長生きはしたが、晩年は認知症で長く寝たきりの末に亡くなったケース。「認知症で寝たきりで亡くなるので一応NNNとしましょう」。
この場合は、親が亡くなるまでに家族で話し合う時間があるので、PPKほど混乱はしない。ただ、亡くなった人が認知症で長く判断能力がなかったために「故人の遺志」がよくわからないことがある。
また、寝たきり状態の時、誰が主に介護していたかという別次元の問題も絡み、遺族の話し合いがまと
まらないことがあるという。
<がんで亡くなるケースは?>
Tさんは次にがんで亡くなった例を挙げた。
「誤解を恐れずに言いますと、残された遺族にとっては、がんでなくなる場合が最もトラブルが少ないのです」。
「かつてがんは治らない病と言われました。長く本人には告知しなかった時代もありました。しかし、医療技術の進歩で、今は早期発見ならがんは治る病気となりました。ステージが進んでいる人にもほとんど告知され、自分の死後をいろいろ考える時間が本人に長くあるため、本人は家族にいろんなことを伝えておくことができます。延命治療をどこまで受けるかどうかや、万一の時に連絡してほしい人のリストとか、自分で遺影用の写真を決め、葬式のやり方、財産の分与など本人の考え方を家族に伝えておく人も多くなりました。本人にとっても家族にとっても『最もよい死に方』と言えるのかもしれません」。
急速に進む超高齢化社会の中、財産など大してなく、「相続」とは無縁な庶民にとっても、自らの考えを家族に伝えておく「終活」は大事なことなのだ。
(自由待夢)
イラスト・山下一徳
リベラルタイム2018年11月号より
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