徒然エッセイ 第45回 エベレストの高さは? 覇権争いの86㎝差
「世界一になる理由は何かあるんでしょうか」「二番目じゃダメなんでしょうか」。
時折、引用される名文句である。二〇〇九年十一月、民主党政権時代のこと。予算要求のムダを削減する「事業仕分け」で、蓮舫参院議員が文部科学省の官僚を相手に、スーパーコンピューター開発の巨額予算にブレーキをかけようと発した鋭い? 一言である。
時は移り、そのスパコン「富岳」は昨年、計算速度世界一を記録した。今、新型コロナウイルスの飛沫感染のシミュレーションをわかりやすい映像で見せてくれる等、大いに役立っている。
日本で2番目に高い山は? 世界で2番目に高い山は?
さて「日本で一番高い山は?」。誰もが知っている富士山だ。三七七六mとほとんどの日本人はその高さまで諳んじている。では、「二番目に高い山は?」と聞かれると、答えられる人は激減する。答は山梨県南アルプス市にある北岳で標高三一九三m。クイズが得意な人や地元の人でないと、まずは答えられない。登山愛好家にも槍ヶ岳、穂高岳、剣岳の方が人気が高い。やはり「二番目」は影が薄い。
次に「世界で最も高い山は?」と聞かれると、これも誰もが知っているエベレスト。ネパールと中国・チベット自治区に連なるヒマラヤ山脈にあり、中国名(チベット語)では「チョモランマ」、ネパール語では「サガルマータ」という。「エべレスト」はインドの測量局長官の「ジョージ・エベレスト」から命名された。では「世界で二番目に高い山?」となると、こちらもほとんど知られていない。答はK2でパキスタンにあり、八六一一m。「K2」というのはカラコルム山脈での測量番号第二号というところからきているようで、こんな風に解説しなければならないほど、ネームバリューはエベレストとは雲泥の差、ここでも「二番目の悲哀」だ。
エベレスト 新しい高さ
その世界最高峰のエベレストの標高について昨年暮れに新たなニュースが世界に配信された。中国とネパールが八八四八・八六mと共同発表したのだ。エベレストの高さは、インドが一九五四年に独自に測量して八八四八mと公表、広く国際的に認知されてきた。ところがアメリカが一九九九年にGPS(全地球測位システム)による計測で、八八五〇mと発表、中国が「氷雪部分を除けば八八四四・四三m」と反論する等“大国の攻防”が展開されてきた。
一方、中国とインドに挟まれたネパールは、中印両国と微妙なバランス外交を続けながら独自の測量を試みてきたが、資金不足もあって難航してきた。そうした中で二〇一八年、ネパールに親中国政権が発足したことを受け、一九年に中国の習近平国家主席がネパールを訪問して共同測量を提案、今回、衛星からの測位技術で㎝単位まで計測、共同発表にこぎつけたのだ。
中国が5G基地局も整備
中国は長らくインドとの国境で軍事的緊張が続き、昨年も死者が出る軍事衝突が発生、「中印関係は近年では最悪」といわれている。こんな「中印対決」の構図の中で、中国がエベレストの測量を端緒にネパールを引き寄せたというのが新測量結果の共同発表の真相なのだ。このため、中国は「人類の卓越した精神と頑強な意思の表れ」と高らかに誇示。さらに中国は山頂を眺むキャンプ地に携帯電話の基地局を建設し、日本でもようやく利用がスタートした高速・大容量通信「5G」が「エベレストの山頂でも通じる」と大々的にPRしている。
これに対し、インド政府は「われわれが中立的に測量したので、その名称も含めて、国際的に公式記録として認められてきた。中国・ネパールの発表は公式記録とはみなされないだろう」と牽制している。
八八〇〇mを超す山の高さの八六㎝は一万分の一に過ぎない。しかし、国際政治のヘゲモニー争いは最先端の通信技術も絡んで世界最高峰をも戦場にしている。
イラスト : 櫻井砂冬美
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