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2025年3月

2025年3月28日 (金)

第112話 女子アナにスポーツ実況は無理なのか?

女子アナにスポーツ中継は無理なのか?

                    広島Tレビ顧問、広島大学特別招聘教授  三山 秀昭

 プロ野球が三月末に開幕した。それに先立ちメジャーのドジャースVSカブスの開幕戦も東京ドームで開催され、異常なな盛り上がりを見せた。Jリーグ、春の選抜高校野球、大相撲春場所と春はスポーツ満開だ。ただ、これらを中継するテレビの実況に女子アナが登場することはまずない。なぜなのか?

 歴史を遡れば女子アナのスポーツ中継の例は皆無ではない。古くは一九九六年のアトランタ五輪の女子マラソンで有森裕子さんが銅メダルを獲得した際、テレビ朝日の宮嶋泰子アナが実況した。九九年夏の高校野球甲子園大会で赤江珠緒アナ(朝日放送)が実況した。NHKは「希望する女子アナは男子同様に育成している」として高校野球の地方大会などで女子アナが実況することがある。しかし、甲子園大会となると女子アナは姿を消し、昨年夏はゼロだった。「アルプススタンド」からの応援レポートでは登場するが、メインの実況アナではない。

 新春の風物詩となった箱根駅伝、今年、日本テレビの杉野真実アナが平塚中継所で実況中継した。今年が百一回目の「箱根」の歴史でラジオも含めて史上初だった(日テレの中継は一九八七年から)。これがスポーツ界やメディアで話題になった。裏返せばニュースになるほど、女子アナのスポーツ実況中継は極く稀なのだ。

 なぜ?その一つは男性と女性の声の質の違い。男性は声域の低い方からバス、バリトン、テノール、女性ではアルト、メゾソプラノ、ソプラノの順だ。男性の声は低音域、女性は高音域。一般的に「男性の声は重厚で、女性の声は明るく軽やか」とされる。スポーツ中継の場合、競技によっては二時間近い放送になり、「高音域の女性の声が長時間続くと耳に痛く感じる」という専門家の指摘もある。また、「スポーツ中継ではプレーの展開次第で声の強弱や高低を変化させて伝えなければならないが、女性は声域が狭く、男性に比べ不向き」(地方局男子アナ)だという。「女子アナが興奮すると声が甲高くなり、不快だ」とか、中には「男子アナに変えて」いう視聴者のクレームがテレビ局に寄せられる。また、スポーツでは選手は呼び捨てが通例だが「女子アナが選手を呼び捨てにするのは何か違和感がある」という声も。

 声の問題とは別にアナウンサーの起用方法も背景にある。「女子アナは新人でもすぐデビューし、情報番組のサブアナなどに抜擢される。スポーツ中継はキャンプや練習、放送しない日の試合も見てスコアブックを付け、データや選手の生い立ち、得意、不得意などを知っておかなければならない。新人アナがすぐデビューするとそんなトレーニングの期間がない」「スポーツ実況では瞬間的判断とアドリブなど特別なスキルが求められる。それには場数と知識が必要で時間がかかる」「女子アナもスポーツニュース希望者はいるが、実況となると希望者はそう多くない」という事情もあるようだ。

 箱根駅伝での日テレ・杉野アナは入社十三年のベテラン。「浜辺に寄せる波音が力強く響く湘南海岸、選手には追い風、気温は三・五度、海から山へタスキをつなぐ四区です」と最初は入念に考えた内容を落ち着いた低めの声でレポートした。そして「平塚中継所に最初に姿を見せたのは伝統の深紅のタスキの中央大学です。本間颯(はやて)がやってきました」と、選手名を男子アナ同様に呼び捨てにし、ややトーンを上げてアナウンスした。ただ、これも長距離を走る箱根駅伝の一区間のたすきリレーの場面だけだ。

 視聴者側には「スポーツ実況=男子アナ」という長い間の習慣からの思い込みがある。テレビ局はそれら視聴者の声も無視はできない。双方が絡み合っているのだ。実は米でも同様な傾向が見られる。

 高校野球地方大会、バレーボール、マラソンなどで、女子アナを起用する例はしだいに増えてはいるが、プロ野球やJリーグなどシーズンが長いスポーツは「声域」問題に加え、「情報の蓄積」の面で、まだ、ハードルは高いようだ。

 春到来、さまざまなスポーツのテレビ中継を見聞きしながら「女子アナとスポーツ中継」に思いを巡らせてみるのも一考か。

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第111話 「歌人・美智子」何もて復興と云うやを知らず

上皇号・美智子さまが世相に警鐘の短歌

                   広島テレビ顧問・広島大学特別招聘教授

                                 三山 秀昭(月刊「FACTA」の2025年3月号)

 上皇后・美智子さまが「歌集 ゆふすげ」を上梓された。その中に世相の安易さに警鐘を鳴らすメッセージ性の強い一首がある。東日本大震災を題材にした短歌で、まだ、故郷に帰れない人がいるのに「何を持って『復興』と言うのか」と問題提起されている。

 「ゆふすげ」は昨年末に岩波書店から刊行された新刊。(本体・千八百円)。昭和時代の百九十二首、平成の時の二百七十四首が収録されている。すべて未発表のものばかりだ。

 巻末に歌人・永田和宏氏の「解説」がある。永田氏は「美智子さまの御歌が未発表のまま誰の目にも触れずに残っているのは何としても残念。歌集としてまとめ、多くの方に読んでいただき、後の世代に残しておきたい」と刊行に関わった。

 永田氏は「今回の歌集がこれまでの歌集と大きく異なるのは著者名に『美智子』と明記されていること」と指摘する。これまでの美智子さまの歌集は、当時の皇太子さまとの共著歌集『ともしび』(昭和六十一年)では「皇太子同妃両殿下歌集」と記され、ご自身の歌集『瀬音』(平成九年)では「皇后陛下御歌集」となっている。もちろん、お名前がなくても、これで誰の作かは一目瞭然だろう。しかし、今回の歌集について永田氏は「『美智子』という名の一人の歌人として、『上皇后』などのバイアスをかけずに、読者の目に届いてほしいとの願いがある」と解説する。つまり一個人で「歌人・美智子」として詠まれ、公表してよいと判断された短歌が収録されているのだ。最も注目されるのは次の一首だ。

 帰り得ぬ故郷(ふるさと)を持つ人らありて何もて復興と云ふやを知らず

 これは東日本大震災から三年が経過した平成二十六年(二〇一四年)に作られている。東京電力福島原発の事故で、「帰還困難区域」が設定され、区域外でも故郷を離れて他に身を寄せている被災者がいる中で「復興」が盛んに唱えられていることに率直な疑問を抱かれ、短歌を通じて問い掛けられたのだ。

 永田氏は「被災後、二、三年経ると、新聞、テレビ、政府もできるだけ『復興』という言葉を使って、被災地がその打撃から順調な回復を遂げていることを強調するようになる。美智子さまの一首は『復興』という言葉の安易な使用に対して鋭く警鐘を鳴らすものとなっています。故郷に帰れない多くの人がいる中で、何をもって『復興』と言えるのだろうかと、疑問を呈しているのです」と解説している。「メディアや政府発表の論調に流されないで、自らの目で現状を見つめていく姿勢から、そして歌から、多くを学ぶことができる」と書いている。

 この短歌が作られてすでに十年以上が経過、美智子さまの現時点での認識が当時のままなのかどうかわからない。ただし、美智子さまは昨年十月二十日に卒寿(九十歳)を迎えられた。それを機に「ゆふすげ」が十二月二十三日に刊行された。収録歌にこの短歌が選ばれたことは、今も似たお気持ちを抱いておられるとも考えられる。また、皇族の短歌は自然詠が多い中で、あえて社会性のある歌を選び、しかも歌人「美智子」を明記されたことも併せ強い意志が読み取れる。

 まもなく三月十一日。あれから十四年。今も住み慣れた「我が家」に戻れない人たちがいる事実を前に、メディアはどう報じ、私たちはどれだけ注目するのか。。美智子さまの一首を機に私たちも考えるべき視点だろう。

なお、歌集の題名「ゆふすげ」は「ゆうすげ」で「夕すげ」とも「黄すげ」とも呼ばれるユリ科の植物。夕方に咲くのでこの名が付いたとされる。

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2025年3月 3日 (月)

第110話 石丸伸二氏にまつわる「2つの裁判」と「1つの民意」

 今年は4年ごとの都議選と3年ごとの参院選が重なる年。4と3の最小公倍数は12で、12年に1度の巡り合わせの年だ。12年前は前年暮れに「安倍(晋三)自民党」が民主党から政権奪還した勢いで参院選で勝利、「衆参ねじれ」を解消した。その12年前は「小泉(純一郎)自民党」ブームの中で勝利している。さて、今年はどうか? 

 その参院選を占うのが東京都議選。そこで注目されるのが、昨年の東京都知事選で一躍名を馳せた石丸伸二氏だ。地域政党「再生の道」を旗揚げ、42全選挙区に候補者を擁立するという。ただ、「再生」は政党なのかどうか・・・。「任期は2期8年まで」が「鉄の掟」で、いわば「綱領」だ。「基本政策の軸」もなく、党議拘束もないという。公募で候補者を決めるが、選考は3段階で行われ、書類、WEBでの適性検査の後、最終面接は「私(石丸氏)と15分のワン・オン・ワンでの公開対談で決める」という。一応、誰でも“受験”可能で、現職都議ならそのまま合格。自民党、共産党員でもOKで、当選後もそのままでよいというから驚きだ。ただ、石丸氏自らはあくまで面接試験官に徹し、出馬しないのだとか。

 さて、東京都民は「石丸伸二」という人物の実像をどこまでご存じなのか。地元広島からレポートする。彼は広島県安芸高田市生まれ。島根県境の人口2万6千人の降雪地帯で梨畑が広がる。「三本の矢」で有名な戦国武将・毛利元就の本拠地だ。

 この地で2020年7月、児玉浩市長が頭を丸刈りにして謝罪の記者会見を行い、市長を辞任した。その年の春に当選したばかりだった。前年の参院選で自民党の河井案里候補の支援を頼まれ、夫の河井克行衆院議員から現金計60万円を受け取ったことを認めたのだ。突然の市長辞任を受けて、メガバンクでアメリカ勤務のキャリアを持つ石丸氏が「副市長の無投票当選阻止」を掲げて立候補し、圧勝、当選した。

 穏やかな町は、以後、新人市長と議会の対立、混乱の渦に巻き込まれていく。「創造的破壊」路線を突っ走る若き市長と、議会との対話を求める市議会が何かにつけて対立。議場では市長が「恥を知れ!」と罵り、怒号が飛び交い、市長は地元紙とも“場外乱闘”、地元民放がドキュメンタリー映画をつくるほど「毎日が劇場」の連続だった。

 しかし、24年5月、石丸市長は任期途中で「投げ出して」(市議)辞任し、東京都知事選出馬へと鮮やかな転出を試みた。現職の小池百合子氏にはさすがに及ばなかったが、立憲民主党支援の蓮舫氏には大差をつけ、一躍「時の人」になった。SNS駆使の選挙戦略が注目され、一部メディアから「日本の選挙を変えた男」と持ち上げられた。

 ただ、ここで地元広島から、2つの裁判と民意の結果を紹介しなければならない。第1の裁判は市長選出馬時のポスター代の支払い問題での争いごと。石丸氏が選挙ポスターやチラシ代の一部しか支払わないため、広島市の印刷業者が差額約73万円の支払いを求めた裁判。石丸氏は「公費負担の上限だけを報酬として支払う合意があった」と主張したが、広島地裁は「営利企業が赤字を厭わず業務を請け負う理由に乏しく、業務に見合う報酬を支払うのが相当」との判決、二審も全く同じだった。石丸氏は上告したが、最高裁はそれを退け、石丸氏の敗訴が確定した。ただ、最高裁決定は都知事選投票日前だったが、なぜか報道は都知事選での敗北後だった。

 2つ目の裁判は、市長当選後の20年10月、市議会全員協議会が舞台。「議会を敵に回すと政策が通らなくなりますよ」という発言(事実は確認されていない)があったと受け止めた市長は、山根温子市議の発言と決めつけ、「恫喝を受けた」とSNSで徹底批判した。山根氏は「事実無根」と名誉棄損で訴えた。こちらも一、二審とも「録音データ等から山根市議が『恫喝』発言をしたとは認められない」との判決、市長のSNSでの山根市議批判は「公務」だとして、市当局に33万円の支払いを命じた。市は上告しなかったため裁判は終結した。

 石丸辞任に伴う市長選は「石丸市政の継続」を訴えた候補が、「石丸市政の刷新と市議会、市民との対話」を訴えた候補に大差で敗北、民意の選択は明確に「反石丸」と出た。新市長の誕生で「石丸時代」に停滞していた市政は、いま、落ち着きを取り戻している。一方、都知事選でSNSを駆使した選挙戦略は「石丸モデル」と注目され、今度は今年の都議選での「再生の道」の挑戦に繋がる。ただ、2月になって昨年の都知事選で石丸陣営の公職選挙法違反の疑いが浮上、石丸氏も「一部不適切なことがあった」と認め、風向きは変わりつつある。

 これまでも新党はとかく国政でも注目されて躍進することが多い。しかし、時を経て萎んでいった例も数えきれない。『日本経済新聞』の最近の世論調査では「石丸新党」に「期待する」が33%、「期待しない」が58%。この数字をどう読むべきか……。

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